Act.2 怪盗キッドと新一




「犯人は……沙月さん、貴方です。」
工藤新一は、今日も殺人事件を解決していた。

「工藤君。いつもすまないねぇ…」
警視庁での事情聴取が終わると、目暮警部はいつものように新一に声をかけた。
「いえ!連絡していただいて、ありがとうございました!!」
新一は事件が解きたくて仕方がないので、謝る必要なんてない、と返す。
そこへ、聞き込みから帰ってきたのであろう高木刑事と佐藤刑事がやってきた。

「あれ?工藤君?…今日は蘭さんとどこかへ行くんじゃなかったの?」
「蘭さん、時計台の前で待ち合わせするって言ってましたけど…」

新一は少し考えた。今日は蘭と約束なんて…あったかな?
「あ…そうだ!時計台の前で午後3時に待ち合わせしてたんだっけ…それで、今何時ですか?」
木刑事は冷や汗をかきながら答えた。

「早く行ってあげたほうがいいんじゃないかい?今、5時だよ…」


木刑事がそう言い終わる前に、新一は警視庁捜査一課を後にした。

「工藤君!時計台まで送っていこうか――?」
そう言っている目暮警部の声なんて、新一の耳には届いていなかった。

「やっべ―――っっ!!
今日は蘭が移築される前に時計台を見納めに行きたいって言うから、見に行く約束をしてたのに―――!!!
早く行かねぇと、時計台閉館しちまうぜ……」

新一は警視庁のロビーを、前を見ずに時計だけを見て走っていた。
すると、前にいた誰かに、ぶつかった……

「ってぇ―…」
「ったぁ―…」

新一がぶつかった人物を見ると、それはよく見知った顔だった。

「あれ…?快斗??何でここに?」
「げ!!新一???やべっ!!」

新一が次の言葉を発する前に、快斗はどこかへ消えてしまった。

「何だったんだ…………???ぁ!!やべ!バス来ちまった!急がねぇと…」

新一は正面玄関の自動ドアを通りぬけ、時計台行きのバス停へと急いだ。
一体何の為に快斗が警視庁へ来ていたのかなんて事、新一はこれっぽっちも考えていない。
新一はただ、ひたすらに蘭が怒っていないかだけが心配だった。

一方、快斗はといえば…

「あっぶね―…んなとこで新一と鉢合わせになるたー思ってなかったぜ…」
快斗は警視庁へ偵察に来ていた。
キッド専任の警部である中森警部が、もうすぐ湊署から警視庁へ転属になるからだ。

「さ、偵察は終わったし、予告状も出したし。ちょっと時計台覗いて帰るか。」

快斗は新一が向かった先が時計台だという事など思いもせず、歩いて時計台へと向かった。

何故、歩きかって?
それは、時計台までの道の途中にマジック道具が安く売っている店があるからさ。



―――時計台前―――

蘭は、いつまでたっても来ない新一を心配していた。
心の中では、いつもみたいに事件で約束なんて忘れているんだとわかっていても、やはり連絡もなしに2時間も待たされているとなると、心配になってくる。
そうなりだしたら切りがないくらいに浮かんでくる不安。

しかし、それもまた、いつも新一の声できれいさっぱり消えるのだけれど。
いつも、新一の「…っわりぃ、じ、事件で約束忘れててっ…」っていうあの声で。
警察の人に送ってもらえばそんなに息が切れる事もないのに、そんな事頭になくて。
電車とか、バスとかを乗り継いで、下手したらそこら辺の貸し自転車で走ってくる。

実は、その走ってくる姿をいつも楽しみにしているなんて、口が裂けても言えないけれど。

今日は、どんな姿で、来るんだろうか。

蘭がそんな事を考えていると、丁度止まったバスから、新一が降りてきた。
降りるとすぐに、蘭の元へと走り寄る。

「「…っわりぃ、じ、事件で約束忘れててっ…」でしょ?」

きれいに蘭の声と新一の声がハモる。

ぽかんとした新一を見て、蘭はくすりと笑いながら、時計台のチケットを1枚渡す。
「ほら!もうすぐ6時よ!閉館時間は8時なんだから、早く入ろっ!」
「蘭…?怒って、ないのか?」
妙にハイテンションな蘭に、新一はどこか違和感を覚えたらしい。
「なーに?それじゃあ新一は、怒って欲しかったわけ?」
蘭はずいっと新一に顔を近づける。
「そ、そんな事ね―けどさ!!」
いきなり近くになった顔に、戸惑いを隠せない新一は、そっぽを向いて赤くなった顔を蘭に見られまいとした。
当然蘭はその反応が面白くて、さらに笑ってしまった。

「ふふふ…新一ったら、赤くなっちゃって。かわいー!」
「う、うっせーな!走ってきたから息が上がってるだけだよっ!」

新一はそうごまかして、蘭に笑われながら、時計台へと入っていった。



新一と蘭が一通り見物し終わって、もう帰ろうかと思っていたとき、何かの音が大きくなりながら聞こえてきた。
それは、数々の事件に巡り合って来たであろう新一も、父親が数年前まで警察官だった蘭も、よく聞き覚えのある音だった。

「ねぇ、新一?」
蘭が新一をジト目で見る。
「な、なんだよッ!そ、その目はぁぁ!!」
新一は目を異様にキラキラさせて、冷や汗を少しかいていた。

「絶対行きたがってるでしょ。このパトカーのサイレンで。」
そう、どんどん大きくなりながら聞こえてくるこの音は、パトカーのサイレンの音だった。

「んなこたぁ――ねぇ…ょ…」
「ほぉら。行きたがってる。いいわ。ただし、閉館時間までには、戻ってくるのよ?」
優しくそういう蘭に、甘えることにした新一はサンキュ、とだけ言って、出入り口へと向かって走り出した。
「まったく。こういうトコはまだ子供なんだから…」
蘭が新一の背中を見て、そう思った、


その瞬間。


「え…?サイレンの音、止まった?」

サイレンが1番大きくなったとき、いきなりすごいブレーキ音と共にサイレンの音は消滅した。

そして新一が出入り口の門をくぐってみると、そこには約十数台のパトカーが止まっていた。
そして見覚えのある人物が、パトカーから顔を出した。いつものようにパイプを口にくわえて。


「なっ、中森警部―――????」

「おや?工藤君じゃないか。どうしてここに?」

出てきた人物は、湊警察署警部の、中森銀三だった。

中森警部は、新一を見つけるとすぐに近寄ってきた。
新一も少し外に出る。

「僕は蘭とこの時計台を見納めにきたんですが……中森警部が来たってことは……」

新一は時計台を見上げた。
もうすぐ移築工事らしく、足場が組んである。

「この時計台が奴の次のターゲットですか。」
新一は、探偵の目をしていた。
時計台を背にし、親指でそれを指す。

「あぁ…奴の次の獲物だよ。」
中森警部も時計台を見上げ、大きく息を吐いた。



「あれ?新一、事件は?」

新一が中に戻ると、ロビーのようなところで自動販売機から買ったのであろう紅茶を飲んでいる蘭がいた。
「あぁ、中森警部が来たんだ。怪盗キッドからこの時計台を盗むって予告状が来たんだってさ。」
新一はそう言いながら蘭の隣に座った。
「えぇー?うそ―!?…でもなんでこんな時計台なんかを盗むのかなぁ?」
「ここのオーナーの話だと、短針に宝石が埋め込まれているらしいんだ。きっとキッドはそれを盗むんだと思う。」
「そっかー…でもこの時計台もたいへんね。どこかの遊園地か何かのシンボルにするって言う事で移築する事に決まったら、今度はキッドが予告状を出してくるなんて。」
「そうだなー。予告日は移築工事前日らしいから、下手したら移築は中止になるぜ?」

「――…もしかしたら、キッドの狙いはそれかもね……」

蘭は新一が聞き取りにくいくらいの小さな声でそうつぶやいた。
「え?」
「あ、ううん。なんでもない。それより新一は予告の日ここ来るの?」
「んー。行きてーけど中森警部が許してくれそうにねーんだよなあ…」
「え?どうして?新一と中森警部ってそんなに仲悪いの?」
「あー、そうじゃなくて、オレみたいな高校生に現場をうろちょろしてほしくねーんだってよ。」
「ふぅーん。」
蘭と新一がこれがロンドン帰りの名探偵こと、白馬探の所為だとは考えもしないだろう。


「そろそろ帰るか?蘭。」
新一は自販機で買った缶コーヒーをごみ箱に捨てながら聞いた。
「そうね。もうすぐ閉館だし。」
蘭は腕時計を見ながら答えた。
時計は午後7時45分を指している。

2人は米花町にある自宅へと帰るべく、時計台を後にした。




その姿を見ていた人影があった。
もちろん二人はそんな事気づかずに楽しく話をしている。
(あいつら…時計台で何やってたんだ?)
青年……いや、少年は、純白の衣を纏っていた。

そう、今ごろになって現れた怪盗キッドが時計台の天辺で辺りを見下ろしていたのだ。

「今日は最後の下見…と思ってきたけど。あいつをからかうのもいいかもしれないな。」

キッドは後々自分が痛い目に会うとも知らずに、探偵の背を追った。





その頃、新一は蘭と別れ、1人で歩いていた。
何となく空を見上げて見るともうすぐ満月を迎えようとしている月が大きく浮かんでいる。
その周りには小さな星たちが、きらきらと瞬いていた。


(……もうすぐ満月か…こんな風に月を見たのも、なんか久々だな……)


月を見上げているうちに、何時の間にか自宅の前に着いていた。
そして門を開け、鍵を回し、ドアを開ける。
……ふと、2階に人気があるのに気づく。この家は今、新一しか暮らしていないのに………

(高校生探偵で売り出し中のオレの家に、のこのこ入ってくる泥棒がいたとはね…)

新一はすぐさま泥棒と判断し、2階へ向かう。
この判断は一応、間違ってはいなかったが……………

新一が誰かがいる部屋のドアを静かに開くと、そこには、マントにシルクハットという格好をした男が立っていた……
彼はその部屋のベランダに大きな月をバックにして立っていた。
月光を浴び淡く光るその姿は、まるで………月の様だった。
新一は本当に月が2つ並んでいるような、そんな錯覚に陥る。

「はじめまして。工藤探偵?」
目の前の人物が、先に口を開いた。

「………なるほど。あんたが噂の怪盗キッドか?」
逆光で顔はよく見えないが、その純白の衣装から、怪盗キッドだと予測がついた。

「御名答。よくわかったな。名探偵。」
なれなれしいようなそんな雰囲気に新一は小さく笑う。
「それで?怪盗キッドさんは、いったい何の用でここへ?」
それに対しキッドは表情を一切変えずに話し出す。
「さっき偶然時計台で中森警部と一緒にいるのを見ましてね………ちょっと偵察に来たってとこですか。
噂の高校生探偵が、どんな人物か………」

「それで?オレはどんなヤツか、わかったのかよ?」
新一は挑発的な態度をとった。
キッドは軽く笑ってこう答えた。

「ええ…時計台からずっとついて来ましたが、これっぽっちも気づいていなかったでしょう?それとあの毛利蘭とか言う女性の前では形無しでしたよ?
これらをふまえて考えてみると、貴方は彼女と一緒にいるときは彼女と事件以外は注意がそれ、事件が起こるとその彼女さえも置いて捜査に加わりたがる……とんでもない人だと分かりました。」
キッドはいかにも満足という顔をして新一を見た。

「はぁ?……時計台からついて来たって、あれは何となく気づいてたが、オレはまた快斗がからかうためにオレにばれてないと思いながらやってんだろうって思ってたから無視してただけだし、いつもそれが快斗だったわけだから、普通キッドだなんて思うわけねーだろ!
事件に見境が無くて蘭に迷惑かけてんのはわかってっけど…って。
こんなヤツに何言ってんだ!オレ―――!!!」

新一がしばらくたってキッドを見ると、何故かキッドは顔が青くなっていた。

「おぃ…どーしたんだ?顔色悪ぃぜ?」
「きょ、今日は調子が悪いのでこの辺りで退散させていただきます!」
キッドは閃光弾を取り出すと、眩い光と共に消えていった。
1枚のカードを残して。

「なんだったんだ?いきなり……ん?」

新一はふいに足元にある妙な物に目をやった。
それはさっきキッドが落としていった(というか残していった)カードだった。

「カード……キッドのか…?」

カードには、 「今日はこの辺で勘弁してやらあ!憶えてろよ! 怪盗キッド」
と書いてあった。

「………………はぁ?」

新一は意味のわからないカードを手にしたまま、1階へと降りていった。
あの部屋で飼っている熱帯魚に餌をやるためだ。

「あれが快斗だったらわかんねえこともねーんだけど……んなわけねぇよな。」

新一は熱帯魚に餌をやった後、推理小説を読みながら、深い眠りに落ちていった………




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