「現在時刻午後11時32分30秒……予告まであと大体30分か…」 新一は、キッドが予告した時計台を見上げた。 さすが中森警部、といったところか。見たところでは、警備態勢は万全のようだ。 「……あーくそっ!中森警部もけちなんだから…」 新一はそう言いながら自分の頭をグシャグシャとかき回した。 現場に入れてもらえなかったのだ。 最近の中森警部は、「ロンドン帰りの名探偵」として少しは有名な、白馬探という高校生に現場をうろちょろされていて、「高校生探偵」に限らず「探偵」そのものが嫌いになってしまったらしい。 そして同期であるらしい目暮警部が、嫌悪感を抱いている「高校生探偵」を現場に連れ込んでいるということもあって、ますます気を悪くしているというわけで……。 もちろん、それが新一なのだから、中森警部が現場への関渉を許してくれるわけがない。 ……で、ギリギリまで粘って交渉をしてみたものの、結局は入れてもらえなかったのだ。 新一は、髪をそのままにしたまま、時計台の入り口あたりを時計を見ながら行ったり来たりしていた。 その時、警官が前を走って通り過ぎていって、危うくぶつかりそうになってしまった。 新一が怪訝そうな目でちらっと見た横顔は、直感だが何かを企んでいるようなそんな顔だった。 それを不審に思って、その警官が持っていたものに目を移した。 「へぇ…キッドのシルクハット、か…」 新一は辺りを見渡した。 キッドが変装してそうなやつは……確信は無いけどあいつだけ。 新一が再びさっきの警官に視線を戻すと、ちょうど入り口のところにいる警官にシルクハットのことを説明し終わって他の警官が中森警部に連絡をとっているところだった。 「なに!?パトロール中にキッドらしき不審な男を見かけただと!?」 無線からは、警部の声が響いていた。 新一はその隙に詳しい話を聞くために、その警官のところに向かった。 「そのシルクハット…どうしたんですか?」 新一が警官に問うと、不審な男が怪しげな帽子を落として立ち去ったと教えてくれた。 新一がその帽子を手にとってみると、それはやはりキッドのシルクハットで、中にはマントも入っていた。 そばにいた警官が、シルクハットを持って最上階に行き、そのときの状況と男の人相を話してくるようにと伝えると、警官は返事をして、すぐに中へ入っていった。 新一がどうやったら中に入れるかといろいろ考えていると、ふと落ちていた黒皮の手帳に気づいた。 無礼承知で中を見ると、どうやら警察手帳のようだ。 「警察手帳…?もしかして…この人さっきのキッドのシルクハットを持ってきた人…?」 手帳の中の写真を見ると、さっきの警官が笑顔で写っていた。 名前は泉水陽一というらしい。ちなみに27歳、江古田在住と書いてある。 (――…確か警察手帳無いと上まで行けないんじゃあなかったっけ…) 新一はニヤリと笑った。 「あの―…すいません。」 新一は、入り口に立っていた警官に話しかけた。 「あれ?黒羽君!どーしたの?あ、やっぱりキッドが気になって来ちゃったんだー?」 この若い、どう見ても20代前半の婦警はどうやら快斗の知り合いらしく、新一を快斗と勘違いしているようだった。 「あ、いや…オレは…」 人違いです、と言おうと思ったとき、新一はあることに気づいた。 (…ん?…待てよ…工藤新一より、黒羽快斗としてのほうが入り易いんじゃあ…) 新一は再びニヤリと笑い、快斗のイメージを思い出して、目の前の婦警に手帳のことを切り出すべく、話を続けた。 「そ、そーなんだよー!やっぱマジック使う怪盗って興味あってさー。 あ、そうだ。さっきキッドのシルクハット持ってきた警官いただろ?えっと、泉水巡査?あの人、手帳落としたみたいでさ…あ、これなんだけど。」 新一は一応年上なのにタメでいいのだろうかとか人の振りって疲れるななんて考えながら、手帳を渡した。 「えー?…あ、本当だ!泉水さんの手帳!…でもどうしよー?…持ち場は離れるなって警部に言われてるし…でもこれ無いと上までいけない事になってるし…」 「じゃーオレが持っていこうか?警部と知り合いのオレなら、OKでるかもしんないし。」 「でも……まあ、一応警部に確認してみよっか。」 彼女は無線を取り出した。 「あっ、中森警部!A班の佐々木美由紀です!あの、泉水巡査の警察手帳を黒羽君が拾ったんですが、どうしますか? 黒羽君は自分が持っていくと言っているんですが……はい、は?…あ、いえ!…はい、了解しました! それでは失礼します。」 (あ…この人佐々木さんていうのか……) 「黒羽君。警部からOK出たよ。入ってもいいって!」 「そう、ありがとう。」 新一が快斗の振りをやめて、さっさと中へ入ろうとすると、美由紀が新一の腕をつかんだ。 「美由紀、さん?」 「でもねぇー、キッドじゃ無いって事をしっかり確認するように!って。」 美由紀の指が、新一の頬に触れた。 「えっ?」 「それじゃ、遠慮なく。」 新一は、中森警部直伝(?かどうかはわからないが)の洗礼を受けた。 もちろん、「ギュ」ではなく、「ギュ―――」で。 「実はこれ、1回やってみたかったんだーvvごめんね、黒羽君っ!」 指を離した後、美由紀は満面の笑みでそう言った。 「いや…いいよ…美由紀さん…じゃ…」 思いっきりつままれた新一は、赤くなった頬を美由紀を少し恨みながら摩って、泉水陽一巡査の後を追った。中森警部と会ったときに新一だとばれない様に、これ以上に髪もぐしゃぐしゃにして。 「……甘い…甘すぎる…っ」 その途中に、新一が警備の甘さを確認させられたのは言うまでもない。 ようやく泉水巡査に追いついたのは、彼が手帳をなくした所為で階段の前で足止めを食らっている時だった。 「おいおい、だめじゃないか。警察官が、警察手帳をなくしちゃあ。よかったな、拾ったのが黒羽君で。」 「う…すみません……おっかしーなあ。ここに入れてたと思ったんですけど…いつ落としたんだろう ……って、えぇっ?…黒羽ぁ?」 「オレが、何か…っ?」 後ろに立っていた新一は全速力で走ってきたのか、息が切れていた。 「・・・!!!」 「…はい、この手帳。入り口の近くに、おっこちてましたよ…」 新一は、泉水巡査に手帳を渡す。 「………く…、く…」 泉水巡査は手帳を受け取らず、ただ驚いた表情のままそこに突っ立っていた。 「?何か、変ですか?…オレの事、連絡入ってますよね?」 新一はもしかしたらばれたのかと思い、そこの警官に確認をする。 「え?ああ。入ってるよ。黒羽君だろ?泉水、どうしたんだ?黒羽君なら前に何度も会ってるじゃないか。」 「先輩!どう見ても黒羽…君じゃなくて工藤…君でしょ!高校生探偵の工藤新一!!」 泉水巡査は、口篭もりながらもそう叫んだ。 新一は、泉水巡査が工藤と言ったので、慌てて口をふさいだ。 「馬鹿…んなコト言ったらオメーがキッドだってばれちまうぞ!」 泉水巡査の耳元で新一は囁いた。 「えっ?な、何言ってるんですか…?」 「あくまでも白を切るつもりか?ったく、ご自慢のポーカーフェイスはどうした?怪盗キッド。」 (あー…もう新一の馬鹿―――!) キッドは潔く諦めることにした。 「ふっ…名探偵には敵いませんね…いつからお気づきに?」 キッドは、口調を変えて囁いた。 「外でオレの前を通ってった時から。ま、今日は捕まえる気は無いから、安心しろよ。 ……追い詰めてやるつもりではあるけどな。」 新一は唇の端を上げて笑って、ようやく手を離した。 今の会話は周りの警官たちには聞こえていないようだ。 「あ、な、何か僕の勘違いだったようです、あはははは……」 キッドは後から厄介になると困るので、適当にそう言っておく事にした。 「…まあ、いい。おっと。早く警部のところに行かないと。時間だ。さ、警察手帳と免許証出して?」 「あ、はい。」 キッドはまだ戸惑いながらも、新一から手帳を受け取り、免許証と共に差し出した。 「じゃあ、名前と年と誕生日を言って」 「泉水陽一27歳。6月2日生まれであります!!」 「…よーし、ごくろう!最上階で中森警部がお待ち兼ねだ!」 「ハッ!!」 キッドに手帳と免許証が渡される…。 しかし受け取ったのは、キッドではなく……新一だった。 (…名探偵?何を…) 「念のために免許証番号もお願いできますか?泉水巡査……」 新一はまるでさっきのキッドのように何かを企んでいるような顔をしている。 キッドは質問の意図がわからず一瞬戸惑ったが素直に答えた。 「…第、628605524810号ですが……それが何か?」 ―――――と。 「引っ掛かったな、怪盗キッド。」 新一は一人呟いた。 『え!?』 その場にいた全員が新一を見、次に泉水巡査を見た。 「免許証番号なんて普通、憶えてるわけねーだろ、バーロ。」 突然のことに驚いているのか動こうとしない警官達に説明をする。 「マ、マジかよ……きっついぜ名探偵…捕まえねーって言ったくせにっ!」 「何やってんですか?早く追いかけないと、逃げられちゃいますよ?」 背中を見せ、逃げていった警官を見て、固まっていた警官達はやっと動き出した。 「さてと…」 新一は鞄からノートパソコンを取り出した。 「すみません。無線、貸してもらえませんか?」 無線を近くの警官から借りた新一は、深呼吸をして無線のスイッチを入れた。 「……中森警部。工藤です…キッドを館内で発見しました。」 新一のその言葉に、周りにいた警官達は再度固まった。 「な…黒羽君じゃなかったの?」 「まあ…そういう事になりますね。」 新一は答えになっていない回答をした。 「それはいいとして……ホントそっくり……」 「そうですか?んなにオレと快斗って似てんのかな……」 そのとき、無線が入った。 『おい!キッドを発見したと言うのは本当か!?』 どうやら中森警部らしい。 「はい。げ、現在、C班とD班が追跡中です!」 近くにいた警官が答える。 『おい。本物なんだろうな?』 「間違い無いと思われます!名前、年齢、誕生日の後に免許証番号を聞いたら、背を向けて逃げましたから…」 『免許証番号だあ〜?そんな事を聞けと命令した覚えは無いぞ!?』 「えっと…キッドが他人に成り済ます変装の名人なら、普通人が覚えていない事まで記憶している可能性があるからと黒羽君が…あ、いや、工藤君が………」 『工藤だと?』 「中森警部!今はキッドを…捕まえるのに協力してください。後でいくらでも説明しますから!」 『工藤君!!』 「もう一度言います!直ちに時計台の出入り口を封鎖してください! こちらの指示があるまで絶対に開けないように…これでキッドは穴の中で両手をもがれたモグラ同然だ……」 新一は完璧に探偵モードに入っていた。 もちろん、捕まえる気は更々無いのだが。 ただ……キッドを追い詰めて、周りに誰もいないときに、確かめたいことがあるだけだった。 『こちらD班中川と村田!3階のトイレ近辺で目標を見失いました!』 キッドを追いかけていた警官から連絡が入った。 「落ち着いて…彼はまだあなた方のそばにいるはずです… そのトイレの奥に設置されている通風口…ネジが外れていませんか?」 新一はパソコンで時計台の構造を確認しながら指示を出した。 『は、外れてます!』 「だったら彼はその中です!追跡を続行してください!!」 『ハッ!!』 「……工藤君。」 「……中森警部…」 新一は、中森警部に無線で呼ばれ、最上階に来ていた。 「…なぜ快斗君に化けてまでして中に入ったんだい?」 「別に化ける気は無かったんですけど、偶々A班の佐々木さん…が勘違いしてくれたんでそれを利用しただけです。」 「〜〜ッ!…君という子は………まあいい…だが!捜査の邪魔はするんじゃないぞ?」 警部は頭を抱えながら新一が捜査に加わるのを了解した。 「…ありがとうございます。」 中森警部は1つ大きなため息をついて何かをぶつぶつ呟いていた。 「ったく…高校生探偵というものはどーしてこんなんばっかりなんだ…」 周りの刑事たちは、それに同感したのか、うんうんと頷いていた。 「あ、そういえば警部。快斗って湊署によく来てますか?」 「え?まぁ…月に2回くらい来てるかな?青子の付き添いとかで。すごくいやそうな顔してるんだよ。前はそんな事無かったんだが…それがどうかしたのか?」 「あ、いや別に他意は無いんですけど。」 「あー、快斗君といえば、キッドのやつ工藤君と快斗君を見分けたそうじゃないか。」 「え、ええ…。快斗とオレが一緒にいて帽子被ってたり、お互いの髪形に変えてたりしたらどっちがどっちだかわかるのは親除いたら蘭か青子ちゃんくらいしかいないはずなんですけど…。 ほら、オレと快斗の違いって髪型くらいしかないでしょう?」 新一はそう言ってまた髪をグシャグシャとかき回す。 「…どうですか?」 「そうだな…パッと見、快斗君そっくりだな…」 「でしょう?」 「……それと…」 「それと?」 「あいつ…快斗とオレの名前を呼ぶときに…あ、普通は「〜君」って呼ぶでしょう?そこを口篭もってたんですよ。黒羽…君ていう風に。」 「口篭もってたって…ということは普段その名で呼びなれてないと?」 「ええ。恐らく。キッドがオレのことを「工藤」って呼ぶのはなんとなくわかるけど、快斗のことを「黒羽」って呼ぶのはおかしいと思いませんか?」 「―――……まあ…快斗の周りの人物がキッドなら話は別ですがね…」 「………………。」 新一はある事に気がついていた。ちょっと前…そう、はじめてキッドと逢った時から、なんとなく。 でもそれは信じがたい事で……今まで、ずっと自分の思い過ごしだと思ってたけど。 さっき…はっきりした。 「――――……不可能なものを除外していって残ったものがどんなに信じられないものでも…… …それが………真実……か。」 新一は小さく笑った。 「…?」 その様子を見ていた警部はわけがわからないというような顔をしていた。 「警部。オレは機関室を見てきます。もうすぐ……予告時間ですよ。」 新一は機関室へ走った。 『こちら中川!目標、通風口から出ようとしている模様!』 新一が警部のいた最上階から機関室へと向かっている途中、また無線が入った。 「焦らないで!もはや獲物はあなたの爪にかかったも同然!あなたの現在位置を教えてください!」 新一はノートパソコンを左腕に乗せ、右手で無線を持ち、その右手でキーを打ちながら走っていた。 『そ、それが…暗い中で動き回ったので正確な位置までは…3階から1つ上がってココが4階だという事はわかるんですが……』 「大丈夫……すでに館内のすべての出入り口及び通風口の周りを警官が固めているはず… それにいくらキッドが神出鬼没で大胆不敵、その上変幻自在の怪盗紳士と四字熟語を総なめにしている…もとい、そう呼ばれていると言っても、彼も元を辿ればただの人。」 新一は最後にエンタ―キーを押した。 「それに、もしかしたら・・・もしかしたらあいつは………!」 新一は言葉を切った。 『…………』 無線からは、何も聞こえない。 いや、もう無線は、必要無い。 怪盗キッドは…… 目の前にいるのだから……… 「やあ。名探偵。また逢いましたね。こんな所からで失礼。っと。」 新一が機関室へ向かう途中の通風口、そこから彼―――怪盗キッドは出てきた。 周りを固めていた警官達と、中で追っていた警官――中川さんだっけ――は眠らされているようだ。 「ずいぶん滑稽な格好じゃないか?この間のあの純白の衣装はどうした?怪盗キッド…」 新一はキッドを深い蒼の眸で睨みつけた。 「おや?私に何か言いたいようですね?名探偵…」 キッドは警官の制服を脱ぎ、一瞬にしてあの純白の衣装に着替えた。 「…When you have elimineted the impossible,whatever remains,however improbable,must be the truth… キッド。おまえにならこの英文の意味、わかるよな?」 「『不可能なものを除外していって残ったものが…たとえどんなに信じられなくてもそれが真相』 ……です、か……それがどうか……」 キッドはポーカーフェイスで隠していて、新一には気づかれていないが、すごく動揺している。 (……さすが新一だ。現場で相手にすると、やっぱ厄介だな……。) 「オレが出した結論だけを簡潔に言うと、今のキッドは8年前までのキッドとは別人だ。 んで、オレはもうそいつの見当はついてるんだけど……。」 新一はキッドをさらに睨み付けた。 「なるほど?……それで?」 キッドは新一とは逆に、笑顔で対応した。 「……まー、それは置いとくとして、不可能なことは消して、残ったものだけど…」 新一は1枚のCDをパソコンから取り出した。 「これに、纏めてある。俺にとっては信じがたい事だが……それが、真実だろ。」 「一体それにはどんな事が書かれているんでしょうね?」 キッドはさりげなく左手にしている腕時計を見た。 ―――現在時刻は…午後11時57分……あと3分…か。 「謎というベールに包まれていたはずの、真実……さ。」 「1つお聞きしても良いかな?名探偵。」 キッドはなおも余裕ぶった表情で新一を見据えていた。 「……あんだよ。」 「貴方は………貴方の言うその…『真実』を……どう受け止めているのですか?」 ―――……一瞬、キッドに、快斗がダブって見えた。 それが、オレが導き出した、「真実」―――だから、別におかしいことじゃない。けど。 キッドの正体を確かめるために集めた情報は、殆どが白馬探のデータだった気がする。 なぜ彼がこんなにもキッドの正体について詳しいのか……… それは、キッドが珍しく毛髪を落とすという重大なミスをしたからだ。 こから調査されたDNA、キッドを追っていて入手した情報・・・ そこから、少なくともキッドは高校生位の年代であって、18年前に初めて現れた者とは別人ということがわかった。 白馬探は、一体どのくらいの時間を費やしてこの真実に突き当たったのだろうか。 ていうか、どこまで突き当たったのかどうかもわからないけど。 まあ、そんな事、俺の知った事じゃない。 このデータが無ければ、おそらく今オレはココでこうやってこいつとこんな形でこんな事を話したりはしていなっかったかもしれない。 ―――いずれ、別の形でこうなっただろうけど。 それも…多分、逆の形で。 ……これはただの勘だから、確証はないんだけど。 …その真実を。 「―――どう受け止めてるか、だって?」 たった1つの、その真実。 「聞くまでもねーだろ?それはオメ―が1番よくわかってる事じゃねーのか?逆の立場で考えてみろ。」 オレがこいつを支えてやらねーと、1人でしょって行く気だろーしな。てか、きっとオレがこいつの立場なら、周りの人をまき込むなんて出来ねーだろうからそうするし。 「そうだろ?」 「バ快斗。」 オレがそう言ったその時、丁度時計台の鐘の音が鳴った。 キッドは、唇の端に笑みをこぼして、なにも言わず、逃げるようにオレに背を向けた。 時計台の鐘は、今はキッドの予告時間なのだとオレに思い出させてくれた。 「タイムオーバー、か。まーあせんなくても時間はたっぷりとあるさ……」 今言った言葉は、今は…少なくとも今現在は届いてなくてもいい事だから… 新一はまずは機関室へ、再び走り出した。 後ろから中森警部も追ってきていたから。 「あれ…いねー?」 機関室に入るとキッドは何処にもいなくて、代わりにあるのは眠らされた警官達と、開きかけた文字盤まで続く小さなドアと―――――文字盤に刻み込まれた暗号。 それと窓から見えた、小さな白いハングライダーの陰…… 暗号は簡単だったけど、あの事を知らないやつにとっては……―――ぜってぇ意味不明だよな。 ココは快斗と青子ちゃんが、初めて出会った思い出の時計台。 こないだ、蘭とここへ来たときに蘭が教えてくれた、快斗と青子ちゃんの出逢いの秘話。 その舞台が、この時計台だった。 およそ10年前。お互い親と待ち合わせをしていたときのこと。 青子の父親は、突然のキッドの予告でなかなか警察署から出られず、快斗の父親もまた何かの理由で…まあ、それは盗一さんが初代キッドだと考えれば、こっちも予告状を出した帰りに手間取ってなかなかこられなかったってとこで、結果親は子供を1人ずつ、時計台前に置き去りにしてしまったのだ。 そして父親がなかなか来なくてうつむいていた青子に暖かい手を差し伸べたのは、まだマジックを習い出したばかりの快斗だったという話。 「それにしても、『この鐘の音は渡せない』だぁー?何考えてんだ、あのバ快斗…」 中森警部や、ほかの警官達が煩く出入りしていたので、その新一の声を聞いていたものはいなかった。 誰一人とも。 新一がやっと帰路についたのは、午前2時を回ったくらいだった。 その帰り道で新一は、何かを感じていた。 表現しきれない何かが、新一を先の見えない未来に引きずり込む…よう、な。 そんな……嫌な、予感を……―――――。 |